2050年の成田

空港圏未来予想図by佐藤ひとし

第4滑走路はどこに?

 いくら30年後の話とはいえ、少し書くのをためらいました。いろいろお意見や反発があるかもしれません。しかし机上の論理でいえば、選択肢はふたつしかありません。書いたうえで、読者の判断を待ちます。参考に現在の拡張計画の地図を空港会社の資料から流用します。

3つほど、前提があります。

 飛行機は風上に向かって飛ぶ

 なぜか。飛行機を持ち上げる揚力が生まれやすくて、安全だからです。夏場は南風が多いので、着陸機は空港北側から進入してきます。離陸機は空港の南側へ飛び立ちます。冬場は北風が多いので、着陸は南から、離陸は北へと逆になります。

 飛行ルートは2本だけ

 成田空港の飛行ルートは2航路分しかありません。現在のA・B滑走路の分です。それぞれの滑走路で離陸機と着陸機が混在しています。B滑走路用の飛行ルートを、離陸用と着陸用で使い分けようというのがC滑走路です。つまり南風の夏場はB滑走路が着陸専用、C滑走路が離陸専用。北風の冬場はB滑走路が離陸専用、C滑走路が着陸専用になります。このように使い分けると、離陸機・着陸機とも滑走路とのターミナル間の地上走行が短くてすみ、経済的です。おまけにB滑走路の南側、C滑走路の北側には飛行機が飛ばなくなります。

 進入復行の安全間隔

 資料画像でわかるように、C滑走路はB滑走路の南側3320メートル南、中心線は420メートル東に新設されます。このスペースは、着陸機がなにかの拍子で進入をやりなおすためです。この「進入復行区域」なら、。A滑走路の飛行ルートとかぶらず、安全に 空港東側に抜けられます。ちなみにC滑走路での進入復行もあるでしょうが、そのときは東側に飛び去ればいいだけなので、図には描かれていません。

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 D滑走路の選択肢

 ではA滑走路の飛行ルートを着陸と離陸に振り分けるなら、どうすればいいでしょう。もしB・C滑走路と同様に考えるなら、選択肢は2つです。A滑走路の中心線の西側に420メートルずらしたラインの北側(成田方面)か、南側(芝山町方面)です。

 地図上に2つのD滑走路案をおいてみると、現状ではともに猛反発が起きると思います。成田側では工場団地や新興住宅地を潰さなければならないかも。芝山町も役場は滑走路のすぐ東側。もしかしたら空港用地になるかも。町自体が消滅する可能性もあります。

 ただし、ほとんど騒音を出さない航空機が実用化されればどうでしょう? 意外に反発は少ないかもしれません。北側でも南側でも、旅客ターミナルや貨物地区、交通アクセス網を一新する必要がでてきます。かなり巨大な公共投資になります。誘致すべき対象になるかもしれません。

 いずれにせよ、とても政治的な問題になります。4本目の滑走路ができれば成田だけで80万回弱の発着回数は確保できるはずです。航空インフラが重要と考えるなら、国側は第4滑走路を欲しがるでしょう。とはいえ、決めるのは地域住民の意志であってほしいと思います。

 

閑話休題2 すべての道はローマに通ず

ローマ街道の凄み

 交通インフラの重要性を最初に気づいたのは古代ローマ人だそうです。愛読書「ローマ人の物語」(塩野七生著、新潮社)によれば、敷石などで舗装されたローマ街道は、主要都市を結ぶ当時の高速道路です。道幅4メートル。両脇に幅3メートルの歩道があります。軍団兵が迅速に行軍することで安全保障を実現し、荷馬車や人が盛んに行きかって経済的な発展を保証しました。それが史上最も長命な帝国のいしずえになりました。

 

 アッピア街道など造成者の家名を冠した街道もたくさんあります。大規模公共事業ですから経済効果が大きい。人気とりになるし、家名のついた街道は子々孫々までに伝わる名誉でした。市民レベルでインフラの重要性が共有されていたのです。同じころ、中国では長城が築かれました。これも大規模公共事業ですが、ローマ街道網の社会的な貢献にはとてもかないません。歴史的な凄みが違います。

 

 成田も交通インフラで発達した街です。江戸の水害を防ぐために、徳川家康の命令で江戸湾にそそいでいた利根川が銚子へと流れを変えたのが18世紀初頭。利根川水運によって佐原は東北との物流拠点になりました。成田山新勝寺も、利根川水運や船橋街道からの参詣ができるようになり、中興の時代を迎えました。明治時代にはいちはやく国有鉄道が開通します。鉄道で参詣客を運び、沿線を開発するのは関西風の手法です。私鉄の京成電鉄もすぐに開通しました。「京成」って東京-成田のことです。

 

 そして50年前に成田空港ができることになり、国際線が来るというので、高速道路や鉄道が整備されました。それがいまの成田を支えています。圏央道が大栄まで開通したことで、北関東や東北へのアクセスが改善されました。2024年には圏央道がさらに南下、西進して全面開通します。アクアライン経由で羽田と結ばれます。交通インフラからみると、成田は格別に恵まれた地方都市なのです。

 

 その中核は、いうまでもなく成田空港です。第3滑走路は、多古町横芝光町といった空港東部・南部にとって、大きなチャンスです。

「協働」という考え方

 行政・住民・企業の連携

 行政サービスの維持が難しくなっている自治体では、「協働」という言葉がよく使われます。予算・人手不足で現行レベルの行政サービスができなくなる分、住民に参加・協力してもらえる枠組みを作ろうという発想です。道路インフラの維持や補修、医療・介護・福祉・教育といった基礎的な分野はもちろん、ごみの収集・処理など身近な課題への対応、さらに観光振興など。協働が可能なことはたくさんあります。

 

 「自分にできることを、無理しないで、できる範囲で、少しずつ」

 

 そうした市民の協力者が増えれば増えるほど、行政側の負担は軽くなるでしょう。でも、住民の多くに「協働」を納得してもらうのは、かなり大変そうです。地域コミュニティーも崩壊しています。ぼくが10年前から暮らしている成田山新勝寺の表参道一帯も、もとからの住民は少なくなっています。高齢化も進んでいます。

 

 それでも雪が降ればみんなで雪かきをするし、毎月のようにお祭りやイベントがあります。そこで利益を得る商店や従業員だけでなく、行きつけのお店や顔なじみができた人たちも、街のにぎわいを大切に思い、協力しています。かなり珍しい地域です。

 

楽しいこと、無理しないこと、喜びがあり、ついでにお金も儲かる。表参道の地域社会をみていると、「協働」を進めるには、そうした要素が重要になると考えています。そのカギを握るのは、「協働」をイベント化して、楽しさを演出し、従業員を雇う企業の存在です。行政と住民だけでなく、企業も加わらないと「協働」は立ち往かないとみています。

行政サービスは維持できるか?

広域連携・圏域・成田空港市

 急激な少子高齢化で、自治体の9割は人口減少にさらされています。お金と人手が少なくなる自治体は、行政サービスを維持できません。そこで総務省は「圏域行政」という考えを打ち出してきました。自治体単独、もしくは現在進められている自治体の広域連携で少子高齢化に対応できないなら、いっそ「圏域」を行政単位にしようというのです。

 

 成田空港圏の9市町は、すでに空港圏自治体連絡協議会をつくり、空港問題の意思決定を担う「四者協議会」のメンバーになっています。ある程度、広域連携や圏域への下地はできています。とはいえ、空港の機能強化に協力的な成田市芝山町多古町などと、新たに第3滑走路(C滑走路)の騒音問題を抱えることになった横芝光町などには、「温度差」があります。前者は固定資産税など空港からの「家賃」が入るのに、後者は「騒音がふえるだけじゃないか」という訳です。

 

 実際、空港拡張計画を認めるか、カーフュー(空港の運用時間)延長を認めるか、といった重要な問題で、9市町の足並みがそろうにはかなりの時間がかかりました。空港のありかたに、周辺自治体が口を出せるようになったのは良いことです。30年前は国側と反対運動のはざまで、なにも手を出せない傍観者にすぎませんでした。大きな進歩ですが、将来もこのままでよいのでしょうか?

 

 成田空港圏は、空港会社の企業城下町でもあります。空港をどう活かすかという展望や構想がバラバラでは、時代の急激な変化に対応できません。スピード感に欠けてしまいます。今後の地域振興についても、自治体レベルの予算では大きな夢を描けないのが現状です。

 

 広域的な観光開発、空港圏の魅力向上や定住人口確保に必要な資金かせぎ、インフラ基盤の整備や維持管理、医療・福祉・教育・介護といった将来的課題も山積みです。9市町がまとまらないと、効果的な政策は進められません。都市計画などの決定権を持った「強い意志と発言力」をもつた自治体が必要だと思います。広域連携、圏域、どんなルートを取るにしても、最低限、空港を取り囲む成田・芝山・多古の3市町は、「成田空港市」としてまとまったほうが、有利です。

 

 最大の課題は、そうした難事業を引き受けられる指導的人材が登場するかどうかでしょう。空港とともに生まれ育った世代に期待しています。

 

成田空港市 空港と地域はひとつ

 ちょいと予定より話を先に進めて「成田空港市」について書きます。ことは政治的な問題なので、30年後に本当に実現しているのか、ちょっと自信はないのです。でも、いくつかの「現在の困難」を乗り越えるには、考えたほうが良い、いえ、考えなければならない選択肢です。

 まず、少子高齢化の影響です。日本は世界で高齢化が一番進んでいます。あらたに生まれる子どもも年間100万人を切っています。いまの社会は働ける世代が払うお金で、お年寄りや子どもを養っています。この仕組みのままだと、地域は立ち行かなくなります。

 「なんでそんなになるまで放置したんだ」と批判するのは簡単です。でも、それより大事なのは「代替案」を考えることです。

 

 「行政にお任せ」ですむでしょうか? 無理です。働く人が少なくなり、納税額が減ります。収入が減るのです。一方、養うべきお年寄りはまだまだ多いので、支払いは増えます。役場で働く人さえ少なくなります。仕事は増えても働き手はいない。何かしようと思っても、お金がない。そんな状態が近づいているのです。一般会計は600億円規模ですから、収入の6分の1くらいです。とても恵まれています。日本一恵まれれているのかもしれません。

 それでも、少子高齢化の影響で、最近、人口が減り始めました。富里、芝山、多古、横芝光などの周辺自治体は、ずっと人口が減り続けています。成田空港が拡張される10年後には、現在4万3000人の空港従業員が7万人は必要になるといわれています。でも働き手がいなければ、空港は機能しません。

 ロボットや人工知能、外国の人たち、働きたいというお年寄りや女性。そうしたパワーで穴埋めするにしても、空港だけでは無理です。空港を取り囲む地域社会が、そうしたパワーを育てなければならなくなっています。いくら空港を拡げても、そこで働く人がいなければ、空港は機能を発揮できないのです。「空港と地域」は一体なのです。それがひとつ目の前提です。

 

脅すようなことばかりで申し訳ありませんが、今日はここまでにします。

閑話休題(それはさておき) 秋葉哲さんのこと

 20数年前、夏休みの暑い日でした。芝山町岩山の秋葉哲さん(故人)のお宅に、小学生の息子・娘人と遊びに行きました。

「お父さんはどんなお仕事をしているの?」

   そんな疑問に応えようと、空港と周辺地域を案内したのです。いろいろ見たあと、思いついてアポなしで秋葉さん宅に向かいました。秋葉さんの住まいは芝山町岩山地区、A滑走路南側の飛行ルート直下です。

 

   豪壮な古民家の上空を、ジャンボ機が爆音をふりまきながら通過していきます。秋葉さんは、空港反対同盟(熱田派)の長老でした。温厚な方です。騒音にもかかわらず、玄関も戸障子もあけっぴろげ。防音サッシなどありません。話ができなくなります。

「うるさくないの?」

「ははは、まぁ、慣れてるからよぉ。夏は暑かっぺ、でも自然の風がいいんだ」

    だされたスイカをほおばりながら、子どもたちは不思議なようすでした。

 

 成田に赴任する直前、昭和天皇大喪の礼のおり、羽田空港でみたコンコルドは、それは凄まじい爆音でした。成田空港はといえば、ジャンボ機だらけでした。エンジンは4発です。

 いまのボーイングエアバスは、双発です。エンジン性能が飛躍的に向上しているのです。CO2を排出しないという環境性能が重視されるようになり、燃費はぐっと向上しました。エンジンの径も大きくなり、騒音を空気の流れで騒音を包み込むようなっています。最大の旅客機、エアバス320型機ですら、とても静かに、優雅に離着陸します。

 

 空港の24時間運用について書きましたが、騒音対策の重要さを否定するつもりはありません。ただ「眠れないなくなる」「生活できなくなる」というようなことにはならないでしょう。芝山町の知人たちも、あまり心配していません。

「お金を落としてくれてんだからよう、飛行機が」と笑い飛ばしています。

 もっと静かなハイブリッド機や完全電動機が実用化されれば、「騒音地域」は「一等地」になるでしょう。内陸空港だからこそのマイナスが、プラスに転換されるのです。

世界と日本の「いま」からみた必然(2)

24時間空港

航空機の低騒音化と空港圏

 内陸空港である成田にとって、航空機騒音は最大の課題です。成田空港は今冬からカーヒュー(運用制限)を1時間延長することになりましたが、「安眠できない」という方々は、まだ納得していないかもしれません。

 

 でも、航空機の騒音は年々、低く、静かになっています。30年前のジャンボ機やコンコルドの騒音は、それはすさまじいものでした。それに比べれば、いまの航空機は最大のエアバス380型機ですら、とても静かです。さらに、近い将来の航空機は、ジェットエンジンではなく、電動モーターで飛ぶようになります。低燃費で環境性能が良い駆動システムが求められているからです。

 

 現在の化石燃料エンジンにかわり、今後は内燃機関と蓄電池を併用したハイブリッド、さらには水素燃料や蓄電池のエネルギーだけで飛ぶ「完全電動化」が主流になろうとしています。自動車と同じです。さらにいえば、実はエネルギー源は無限です。太陽光、風力、地熱、潮汐力。そうした再生可能なエネルギーを電力に変換すればいいだけです。石油や核物質など、CO2や放射性廃棄物をもたらす発電方式は、地球環境を考えれば縮小していかなければなりません。

 

 話がちょっとずれました。航空機の騒音についていえば、「静かになる」「静かにしなければならない」、それが近未来の動きです。航空機メーカーは開発競争に必死です。2020年代には小型・中型のハイブリッド機が実用化されるでしょう。エンジンと蓄電池の性能が向上すれば「完全電動航空機機」の時代になります。航続距離も伸びます。大陸間を結ぶ新型機も、いずれは実現するでしょう。この分野の技術研究開発は、自動車産業と重なっているので、とても急激に伸びています。

 

カーフュー撤廃の重要性

 LCC(格安航空会社)は、小型・中型機を数多く飛ばし、乗り継ぎの便利さを競っています。そうした空港を求めています。そこで問題になるのが運用制限(カーフュー)の問題です。カーフューとは空港の運用時間のこと。門限だと理解してください。

 

 カーフューがある空港は嫌われます。航空会社は定時運行を心掛けていますが、同時に所有する飛行機を休む間もなく飛ばしたいと思っています。飛ばさないと儲からないからです。

 

 深夜に機体を休めて点検するのは問題ではありません。安全のためです。世界中でそうしています。カーフューに引っかかって、他空港に代替着陸すれば大損害ですが、それも本質ではありません。カーフューがあると、思うように路線を張れなくなるのです。代替着陸のリスクを避けなければならないので、十分な時間的余裕がある路線しか、選びようがなくなるのです。

 

 ある航空機だけに注目してください。空港に着陸するたびに、旅客と貨物を入れ替え、必要な点検警備をします。離陸・着陸して次の空港でも、その次の空港でも、そのまた次の空港でも、おなじ手順を踏みます。どこかでトラブルが起きて出発・到着が遅れるのは珍しくありません。そうした一連の空港のなかにカーフューのある空港があれば、どうでしょう? その空港はババ抜きのババみたいに思われます。いやがらせか罰ゲームみたいなものになります。よほど定時運行に支障がなさそうな、時間的に余裕のある路線しか運用できなくなるのです。

 

 世界の空港の大半は24時間運用をしています。でも、そうした空港でも深夜・未明の発着は少ないのです。昼間同様に数分おきに発着している空港など皆無です。空港だって滑走路の点検などメンテナンスの時間は必要だし、旅客や貨物に対応する税関・入管・検疫や各種旅客サービスも24時間フル対応はしません。空港だって「寝る」のです。まして、航空機はどんどん静かになっていくのです。

 

 24時間運用を怖がる必要はありません。むしろカーフィーを維持することで、世界の航空事情から見放されることを恐れます。日本の国土事情から見て、欧米並みの空港需要に応えるのは大変です。そこにカーフューという人為的な制約をつけるのは、困難を倍加するだけです。